■福祉は楽しくなければ意味がない!
特に知的障害を持つ子どもの場合、普通に受験して就職して稼ぐ、という人生目標は自動的になくなります。であれば親としてその子に何を望むでしょうか? それは「楽しい日々をおくってほしい」ではないでしょうか。特にその子が一生福祉のお世話になるのであれば、最も重要なテーマとなります。
「医療」と「福祉」には明確な違いがあります。病院は病気を治療するために一時的に過ごす「非日常」な場所です。しかし福祉施設は生活の一環として過ごす「日常」の場所です。福祉施設の目的は病気を治すことではなく、障害と共に日々をどう過ごすかの場所です。
そもそも知的障害や自閉症は、ダウン症と同じく治療して治るものではありません。自閉症は生まれ持った特性です。親本人の性格ですら直せないのですから、子どもの自閉症はなおさらです。だからこそ、その子が生まれ持った特性に合わせた環境づくりが大切です。
生徒家族の傾向を見ていると、小学1年生の時は「療育」を求めてきます。しかし小学3年生になると「居場所」を求めるようになります。小学3年生の算数で方程式が入ってきた時に、知的障害のギャップは療育で埋められないと悟るからです。
私自身は歯医者が苦手なのですが、歯を治すためなら不快な場所でも仕方ないと思っています。しかし福祉は違います。そこは生活としての「居場所」なのです。だからこそ福祉は楽しくないと意味がありません。
■施設のステータスが上がれば、障害者のステータスも上がる!
一番最初にアイムを始めた時のことです。代表である私は漠然と「障害者ってかわいそう」という勝手なイメージを持っていました。なんでそんなことを思うのかな?と自分で考えてみると、シンプルな答えにいきつきました。それは「障害者ってかわいそうな環境にいるから」です。
自分が息子をつれて、初めて近所の放課後デイへ見学に行った時もそうでした。地味を通り越して閉塞的な教室。そして身だしなみに全く無頓着でスタッフ。まさにセンスのない場所です。ここで自分自身が長い時間を過ごしたいとは思えませんでした。であれば息子も同じように思うはずです。アイムでは「まず大人がそこに居たい場所」をつくります。
逆に普通の子からみて「うらやましい」と思える場所になれば、立場は逆転します。「ごめんね、思障害手帳ないと通えないの」そう言えた時点で、障害者がかわいそう、ということは無くなります。
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